投資先企業紹介

株式会社 63Dnet【事例紹介】

地鶏「長州黒かしわ」の生産を軸にした循環型農業と、6次産業化支援施設「ながとラボ」で「地元の農産物、地元の農家の所得向上」に取り組み、山口県の農業を多面的にリードする存在。

【養鶏について語る末永代表】

<出資先の概要(2021/4 時点)>
会 社 名株式会社63Dnet(ロクサンディーネット)
代 表 者代表取締役 末永 裕治
所 在 地山口県長門市
事業内容農産物の加工、販売、6次産業化支援施設運営
出資年月2020/3
出資金額7,000千円

今回ご紹介するのは、山口県長門市にある長門アグリストと63Dnetです。長門アグリストの前身は、末永代表の父親が営んでいた一いい養鶏農家です。一時は養鶏農家として県内でもトップクラスの規模だったそうですが、地鶏の生産開始に伴い規模を縮小。その代わり堆肥の製造やサトウキビをはじめとした農産物の生産、農産加工品の製造と、時代の変化に応じて次々と新たな取組みを展開し、循環型農業に取り組まれてきました。

2015年には、長門アグリストの販売事業と合わせて63Dnetを設立し、2019年に長門市の成長戦略事業である6次産業化支援施設「ながとラボ」の運営を引き継ぎました。63Dnetでは、「ながとラボ」運営の他、長門市内でベーカリー(ララベーカリー)や地元マルシェ(La Laフラン)など農産物・農産加工品の販売所を運営しています。これら2社の経営を通じて地域の農業を支え、常に新たなチャレンジを続ける末永代表に、これまでの経営におけるこだわりと、アグリ社の出資に関してお話をお伺いしました。

 

1.「外的要因に左右されない経営を」養鶏規模を県内一から半分に縮小して、山口県地鶏「長州黒かしわ」へ注力。

― 末永代表がご実家の事業に入られた時のことを教えてください。

私は高校卒業後に地元を離れ、広島の会計学院という専門学校に通っていました。当時は経理や情報処理を学んでいて、広島で働かないかという声もありました。ただ、実家が元々養鶏農家で、私は長男なので当然のこととして、後継ぎとして地元に戻り、有限会社末永養鶏場(2010年有限会社長門アグリストへ社名変更)に入社しました。

私が入社したのは、ちょうど昭和が終わり、平成に入ったころでした。当時は農業を含めたあらゆる産業で大量製造・規模拡大が進んでいて、養鶏は年4回5回と回していているような状況で、とにかく仕事に追われる日々でした。出荷したらすぐに次の準備をして、と息つく間もないという状況で、正直あまり面白味を感じられずにいました。しかも、鶏は、相場に左右されるため、個人で努力をしても価格に反映されにくい状況でした。

そんな折、山口県で地鶏の取組みが始まりました。うちは、一時期は山口県内で一番ブロイラー養鶏規模が大きかったのですが、地鶏に取り組むタイミングでブロイラー事業を半分切り離して、量から質に切り替えました。1570坪ほどの面積を切り離して経営移譲し、売上も4億円近くから、半分の2億円まで下がりました。

― それは、思い切った決断ですね。末永さんは規模拡大から質へ切り替える、会社として大きな判断をされましたね。

そうですね。地鶏「長州黒かしわ」に取り組むことを決めたのは、価格を一定に保ち、商品自体の評価を上げていきたいと考えたからです。というのも、長州黒かしわに取り組む以前は、自社でいくら頑張っても、食肉相場や飼料用の穀物相場など外的要因の影響が大きく、最終的に利益が左右されてしまう状況でした。生産規模を半分にしたので、売上も半分になりましたが、外的要因に左右されない経営の一歩となりました。

 

2.長門アグリストでは「長州黒かしわ」を皮切りに、新たな事業を展開

― 「長州黒かしわ」に取り組む農業者は県内でどのくらいの数いらっしゃるのでしょうか。

長州黒かしわの生産者は我々以外に3軒ありますが、全体の生産量のおよそ半数をうちが占めています。また、長州黒かしわ用の飼料は全てうちで配合して、他の生産者に供給しています。

長州黒かしわの生産は、通常「孵化から1ヶ月」は専用農場で育成し、その後「長州黒かしわ」生産者が「孵化後1ヶ月から100日まで飼う」仕組みです。この育雛は深川養鶏が行っていたのですが、人手不足等があり、2021年の1月からはうちで育雛を受託することになりました。今いる社員で対応でき、年間約1千万円の売上が上がる見込みです。

元々、長州黒かしわの飼育方法や、肉質を良くするための飼料の配合などもうちで作り上げてきました。育雛にも携わることで、長州黒かしわの生産については、ほぼ全てうちがコントロールしているようになりますね。

 

― 長門アグリストでは長州黒かしわの生産のすべての段階に関わることになるそうですが、特にこだわりの点はありますか。

特にこだわっているのは飼料ですね。「長州黒かしわ」は全て同じ配合の飼料を与えていますが、一つのブランド鶏が全て同じ配合の飼料というのは、実は全国でも他に例が少ないようです。うちでは養鶏の傍らで飼料づくりをしていますが、他の地域では大規模な配合飼料の工場はあっても小規模でやる飼料屋がないんだそうです。そのため他の地鶏生産は、各生産者が自由に餌を与えるか、配合飼料を食べさせることがほとんどだそうです。

配合の調整には5年程試行錯誤を重ねました。今は原料の60%は地元の米麦大豆を使用しています。原料調達は県内の方々に電話をしたり、車を走らせて、地元の農家さんから加工用の選別から弾かれてしまった、いわゆるクズ大豆を買い取っています。いずれは70%近くに上げていきたいですね。

【長門アグリストでは地元の原料にこだわって、飼料を配合しています】

― 人の配置なども工夫されているのでしょうか。

養鶏の場合は、鳥インフルエンザ防止のため、ブロイラーと地鶏を同じ人が担当することはできません。それぞれに専属で人を配置していますが、長州黒かしわの方は規模がそれほど大きくないので担当を一人にしても時間が空いてしまいます。そこで、長州黒かしわ担当者が飼料配合や畑の仕事も行っています。他にも、養鶏が忙しいときにはアグリストの加工チームの女性陣に手伝ってもらうこともあります。

 

― 加工というと、御社では6次産業化の方でも認定を受けていらっしゃいますね。

うちの場合は、養鶏を基点にした循環型農業ということでやっています。養鶏をして、その鶏ふんを活用して肥料を作り、肥料を活用して野菜を作って、加工します。その一連の流れで6次産業です。

自分たちが6次産業の認定を受けたのが2012(平成24)年頃だったのですが、その前後1~2年がちょうど世の中でも6次産業化が認知され始めたころでした。そのため、6次産業化に取り組む先は県内でもまだ3,4社しかいおらず、よくセミナーなどに呼ばれて話をしていました。

 

実際に6次産業に取り組むとわかりますが、やはり難しいことが多いですね。というのも、素人同然で加工や販売に取り組むわけですが、野菜の栽培や鶏を育てる能力と、加工する能力、売る能力はまるで違うものです。それを一つの会社でやるというのは、非常に難しいし、効率も良くありません。

個々の農家が作るのは無駄だから、みんな共同で使える加工場をもって、共同で売り込んでくれる営業マンを持とうという趣旨で63Dnetを作りました。

 

3.アグリ社の出資をきっかけに、外部専門家の紹介を受け「第三者の目で見て意見をいただけるのはありがたい」

― こうして長門アグリストでは6次産業化に取り組まれてこられたところでアグリ社からの出資を受けていただいていますが、きっかけを教えていただけますか。

最初は山口県信連さんと農林中金さんの両方から、アグリ社のファンドをご紹介頂きました。当時は他の金融機関でもファンドをされていて、全部で3社から情報提供を受けていました。投資期間等の条件が一番良いと考え、アグリ社さんに決めました。

 

― 今回アグリ社から専門家の先生をご紹介させて頂きましたが、実際に相談されてみていかがでしたか。

長門アグリストに出資を受けたときに、経営相談ができることや、専門家やコンサルタントを紹介して頂けることは聞いていました。今回は、従業員が経営数字に意識を向けられるよう、女性の中小企業診断士の先生にご相談しました。現場を見ていただいたのち、スタッフも同席で利益の仕組みや売り場づくりについて解説頂きました。やはり第三者の目で見て意見をいただけるのはありがたいですね。

経営支援としては、経営がうまくいっていない局面でも、もっと伸ばしていきたい、加速するステージでも、このように外部の専門家の声を入れていけたらいいなと思います。

 

― 63Dnetは「ながとラボ」の事業を引き継いだ形でスタートしていて、アグリ社のファンドから出資を受けていただいたということでしたね。

「ながとラボ」に元々加工設備はありましたが、フリーズドライなどに取り組むため、新たに機械などを買いそろえるために資金が必要だったため、日本政策金融公庫からの融資に加えて資金調達を検討しました。アグリ社さんからは長門アグリストの時に出資を受けていたので、「63Dnetでも運転資金として出資を受けられるか」と、山口県信連さんと農林中金さんに相談しました。

【長州どり、長州黒かしわの加工に使えるレトルト加工用の機械も備えています】

 

4.「ながとラボ」は農家の生産所得を上げていく黒子的存在

ながとラボの運営において、大切にされていることは何でしょうか。

私は、ながとラボは基本的に黒子で、表に全面に出す必要はないと考えています。というのも、「農家の生産所得を上げていく」という命題があるので、「ながとラボがこれをしました」ではなく、「ながとラボを使ってこの農家さんがこういう商品を作って利益を上げましたよ」ということが大事なんです。

ながとラボで加工して付加価値をつける以上、「高く買い上げるためにはどうしたらいいか」を常に考えています。原材料は基本的に地元の農家さんからの仕入れですが、長く一緒にビジネスをやっていけるよう、仕入れの際はむやみに値下げを依頼せず、お互いに納得できる価格でやることを心がけています。

 

ながとラボでは、特にフリーズドライに注力されているそうですね。

そうですね。フリーズドライの事業は、経験豊富なフリーズドライの技術者の方がラボに入ってくれたことがきっかけで始めました。

実は、63Dnetが引き継いだ当初のながとラボの事業計画では、道の駅の精肉コーナーの肉のパッキング、長州長門和牛の加工品、鶏肉の加工品という3本柱を想定していました。ところが、事情により2本柱が抜け、鶏肉の加工品だけになったことでラボとしての事業継続が危うくなり頭を悩ませていたところ、取引業者さんの紹介でフリーズドライの技術者である町田さんと出会いました。彼が入ってくれることになり、フリーズドライを柱の一つに位置付けて取り組んできました。

2019年頃に入っていただき、フリーズドライの機械の選定から担当してもらいました。どれだけいい機械でも、それを使いこなす人が重要です。町田さんに入ってもらって、ある程度ラボの向かうべき道が定まりました。

【棚にずらりと並ぶ、フリーズドライ加工の製品。特に野菜や果物の色や形を保った加工は職人技の賜物】

【フリーズドライの仕組みを解説する町田さん】

5.長門アグリストでは「長州黒かしわの生産農家が直接販売」を確立し、63Dnetでは「若手を集めて自社で加工する農産物の生産」にも取り組んでいきたい。

― 長門アグリストと63Dnet、それぞれの目指す姿を教えてください。

長門アグリストではこれまで、長州黒かしわを含め鶏肉や鶏卵の加工や鶏ふんを活用した堆肥製造のノウハウは社内に蓄積してきたので、引き続き養鶏・農産物の生産だけではなく、加工や販売も継続して取り組んで「長州黒かしわの生産農家が直接お客さんに販売する」という形を作っていきたいですね。去年営業担当者を新たに採用したので、今後は一層、鶏卵や鶏肉の加工品や堆肥の販売にも力を入れています。鶏肉の販路としては、首都圏を狙うのではなく、まずは山口県内で消費を拡大していきたいですね。

また、63Dnetでは、加工や販売だけではなく、自社で加工する農産物の生産にも取り組んでいきたいと考えています。近隣に農地はあるので、そこに農業をやりたい若手の人を集めてやっていくイメージです。生産と加工の各部門にリーダーとなるような人を育てていけたら、その時は、私もお役御免かなと思います。

【ながとラボは加工施設だけではなく、打合せや配送用のスペースも十分に確保されています】

【海辺にあるパン屋さん「ララベーカリー」では、地元仙崎湾の海藻から作られたオリジナルの「海の天然酵母」を使用したパンが食べられます】

 

6.「地元のもの、地元の農家の所得向上」に取り組みつつ、フリーズドライの加工技術を活かし日本の農産物を世界に広げる一翼を担いたい

― 末永代表が今後取り組んでいきたいことや目標があれば教えてください。

私は、次の世代につないでいくのが役割だと考えています。年齢的にも、この10年以内くらいが目処ですね。うちの息子は20代で今会社に入っていますが、最近は息子のほかにも農家の2代目・30代の人が長門に帰ってきているんです。今は新型コロナもあって、経済が読めないところもありますが、可能であればどんどん今20代30代の彼らに任せていきたいと考えています。

ながとラボは「地元のもの、地元の農家の所得向上」に取り組む存在として、これからも地元の中でいいものを出し続けていきたいです。ながとラボの設備も、まだ空きスペースがありますが、すべてを自社で活用していくというより、通販の物流センターやシェアオフィスなどとして、それぞれの目的を持っている人が集まってきて活用してもらえたらいいなと考えています。5年10年先のイメージですが、ここは冷泉が出るので沸かして温泉にして、直売所を作ったり、隣で赤ちょうちんぶら下げてやきとり屋というのもいいなと思います。

特に、ながとラボのフリーズドライの魅力は「小ロットでもフリーズドライの加工ができる」ことです。フリーズドライの設備は比較的大規模なところが多いため、小ロットでできるところは全国的にも珍しいのです。
フリーズドライの技術を使えば、時間も距離も温度帯もある程度離れたところでも耐えうるものを作ることができます。なので、首都圏や日本国内に限らず、世界に向けて市場は広がっているかなと思います。
いずれは様々な地域の農産物や農産加工品に技術を活かしていきたいですね。

 

取材日:2021年4月1日
取材・執筆:溝上

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